折形(*前項参照)の歴史を知ると、もっと気楽に創意工夫して楽しんでも良いのではないかと思えてきます。中身を大切に扱い、受け取った人を楽しませる、という点は現代のデザインでも十分に通用する考えです。なにより、折形を創意工夫を受け入れない“伝承”にしてしまうのは勿体無く、その美しさや文化としての厚みが損なわれてしまうように感じています。“伝承”とは過去のことをそのまま受け継ぎ保存しようとする思想ですが、逆からいうと滅びの先延ばし、滅ぶことが決まっている運命を定めてしまうことです。それに対して“伝統”とは、対象にたいしてより取り組む人がいる状態で、創意工夫し発展し続けている状態です。紙を折って包むという折形に取り組むプレイヤーを増やすのは折形を伝承から伝統へ引き戻すことになると考えています。そう考えて“包む”という行為の可能性に取り組んできた一人のデザイナーとして、その仕事をいくつか紹介させていただきます。現在の生活やデザイン活動にどう取り込んでいくかを考える一助になれば幸いです。
ただ、日本の形の作法として最低限守っておくべきこともあります。日本では右前の形、「左上位」が基本とされています。折形もそうですが、書や襖、着物、日月などあらゆるものの配置は左上位です。草木国土悉皆成仏という平安時代から続く日本の思想には、全てのものに仏性があり主役だとされています。折形でいうとそれ自体が主役であり、その左側が上位となります。また、右前は右側が前になった形というより、「右側を先に仕舞う」と解釈する方が自然であるという意見も多く、僕もその意見に賛同しています。右側を先に仕舞って、表に現れる左を後に仕舞うことになります。その形を右前と呼び、吉祥の形と定められています。
いしいし三芳包み
粟新「いしいし三芳包み」のパッケージデザイン。photo©Hiroshi Ohno
大阪の粟おこしの老舗と開発した商品。小さく高級な贈答品としてお使いいただける大阪で最も美味しい粟おこしを目指しています。
パッケージは小袋を白木の箱に入れ、掛け紙となる折形で包んだシンプルなものとしました。掛け紙は薄く透ける和紙と茶に染められた和紙の2枚を折り重ね、中央部を一本の線が横に走るように折り出しています。この線を水引として見立て、立体感のある折形として成立させました。
“おこし”の起源をたどると神餅だといいます。贈答の作法や室礼として発達してきた折形も神への捧げものを起源としています。古都大阪を代表する伝統銘菓“粟おこし”の高級品を包むパッケージとして相応しい形を選択できていることを願っています。
「宮川香斎家の茶の湯の器2016」展リーフレット
リーフレットの折り部分。右側と左側は和紙の裏表で違う面になる。
京焼を代表する窯のひとつ「真葛窯」がパリで約100年ぶりに行う催事のリーフレット。
小さいポスターを掲示することとリーフレットとして配布の両方を成立させるために、A3のポスターを小さく折り畳むように形をデザインしています。ポスターとしても使われるので、一般的な折りパンフのようなページ構成と言ったシステムは取り入れられないし、折り畳んだ状態にペラッとした表紙を付けた状態も避けたいと考えました。どのように折り畳むかがデザインの主題となり、その解答を折形の手法に求めました。
折り位置を調整して折り畳むことによって、折形に倣ったような形が現れるようにデザインしています。折った状態の左側には、ポスターの茶盌の一部が現れ、あたかも「青楓」の上絵付けが模様となるよう折り出して抽出しています。文字を記載した右側は、下の茶盌が軽く透ける程度の和紙を、折形礼法に倣い右前で重ねました。また、手にもって広げるという行為が誘発されることから、裏表に違った手触りがある和紙を使っています。さらりと柔らかな触感を指先で受けながら、少し透けた折り重ねを解いていくと茶盌の全体像が現れる、という仕掛けです。
情報を情報として伝えるだけではなく、ある種の品格を持たせる、というのは折形にも通じます。現代では品格など内容以上の感情を持たせるために情報を“包む”のは誰もがしていることかもしれません。その目的に適う手法として、折形が持つその歴史性や文化性にも大きな可能性があるように感じました。
折形懐紙入れ
京都の懐紙専門店「辻徳」の折形懐紙入れ。photo©Ayaka Umeda
これらの懐紙入れのデザイン時の初期条件として、堅牢性があること、特に耐摩耗性を強く求められており、それを実現する和のデザインを目指しています。
まず耐摩耗性のためにブックカバーにもなっている洋紙を選択することになりましたが、折形のかたちや技法を取入れることで、現代的な和の形を表現しようとしています。2枚の紙を立体的に組み合わせることで、使用済みの懐紙が入るポケットがある形にしたり、取り出しやすいように着物の襟に見立てた切れ込みをいれたりしています。
平面ではなく、立体的に組み合わせながら折り重ねることで見た目だけではなく機能を追加することもできることを発見し、折形の折り出して“包む”という行為の中にある発展性の広さを認識させられた仕事です。
A4折形
A4折形の柄紙と型紙で折ったぽち袋。photo©Ayaka Umeda
A4折形は現代に見合う新しい折形を提案しています。
ウェブサイトでA4用紙を折って「ぽち袋」などを包む紙作品をデザインし、折る型を示す「型紙」と印刷する色や模様の「柄紙」の2つのPDFを発表しています。現在の状況に見合う形で折形に触れていただき、折形のプレイヤーを増やして文化としての厚みを増やそうと取り組んでいます。折形の文化はほとんどが廃れていますが、折形に込められた心やその形自体は大変美しく、日本人の心に響くものがあるような気がしています。特に昨今の情報社会や流通社会と呼ばれる社会での生活の中でこそ、その価値が際立つのではないかと期待しています。