WRITING 12 Jun 2024


伝統工芸のハイ・コンテクスト

伝統工芸は単なる道具として機能するだけではなく、文化性、歴史性、地域性、物質性、製造、技術、素材といったコンテクストを複合的に含み、様々なストーリーを獲得しうるものである。その役割は「生活に豊かさと潤いを与える」ものとして捉えられる。
例えば、京焼・清水焼はさまざまな古典の“写し”が作陶されているが、それらは料亭食器として懐石料理などの盛り付けなどに用いられることが多い。古典やジビエ、季節性や斬新さなどそれぞれの料理人は提供する料理によって表現を行うが、それが盛り付けられる器にも調理と同等の注意が払われる。自らの表現性を強め、求める表現性を高度に提供するためには、食材はもちろん、空間と時間、器、所作に至るまで気を配り、食事を演出することが求められている。客は、料理の味や栄養だけではなく、その表現性に感動し、楽しむ。そうやって料亭と客の関係は成り立っている。つまり懐石料理という各々のストーリーを作り上げる料理人の表現性を実現し、客との関係を築くことに京焼・清水焼は応えている。
このように、「使用者の表現性を実現すること」が陶磁器や漆器、着物、仏壇、人形など伝統工芸の役割である。このように断言すると筆や打刃物などの純粋な道具については少し違和感があるかも知れない。しかしそのような工芸品も詳しくみると道具の機能としては装飾性が必要がない柄に銘木を使ったり、筆は外側に白い毛を巻いて美しく仕上げたり、刃物自体にも装飾性を伴うことがある。機能性以上の価値が工芸品には求められている査証となろう。もう少し踏み込むと、道具であるという機能性のみを追求すると、伝統工芸は工業製品という科学には負けてしまうのである。

「使用者の表現性を実現すること」は自己実現と言い換えても良いが、ここは難しく考える必要はない。贈り物を選んで渡したり、恋人と過ごす時間のため心地よい方法や場所を見つけたりする他者がいる場合はもちろん、部屋に物を飾ったり、お気に入りの服を選んだりすること、そのようなことは文化的な生活の営みの中にたくさんある。贈り物は他者との関係性を築くことであり、その選んだものはどのような関係を築きたいかを表現する。無難な関係や親密さ、感謝、祝いなど、それぞれ適した状況を生み出そうとする表現、またはより表現しようする意図を持つ演出である。例えば出産祝いを贈る場合、その出生地と深く関わる物品を選んだり、縁起の良いものを選ぶことは当たり前のように行われている。子供がすくすく育つようにと麻の葉文様を伴う産着を贈ることや、十分に食べて暮らせるようにと魔除けの色とされる朱色の匙を贈るのものも昔からの習慣である。それらは贈る人が贈られる人に向けてのメッセージであり、その表現である。
贈り物だけではなく節句飾りを飾ったり、気に入ったものを使うことはその場や空間、関係などの状況を作り上げる演出性を少なからず伴う。深いコンテクストを伴う伝統工芸は、そのよう状況を作り上げる手段の有効な手段のひとつとなる。より強い演出性を獲得するとき、伝統工芸はそのハイ・コンテクストを伴って輝きを帯びるのである。