WRITING 22 Mar 2017


デザインと伝統工芸のアンビバレンス(中)

「伝統工芸」とはなにか。明確な定義がないままイメージが組み立てられ、消費され陳腐になった概念のひとつであろう。定義しようとしても「伝統工芸と呼ばれるものが伝統工芸である」と表すのがやっとだろう。つまるところ手芸と工芸、芸術と工芸、工業と工芸など、比較対照して認知されている範囲であることが多いように思う。
そこで、指針として使われることも多い「経産省指定伝統的工芸品」を規定している「伝統的工芸品産業の振興に関する法律(以下、伝産法)」の第一条を参照したい。伝統工芸も多様でさまざまな次元があるが、核心的な指標のひとつとなろう。全国的に有名な伝統工芸と聞いて思い付く輪島塗や西陣織などは伝統的工芸品(以下、伝工品)としてこの伝産法によって指定されている。興味がある方は全文を読んで頂きたいが、特に第一条は非常に示唆に富む内容となっている。

【第一条】 この法律は、(略)伝統的工芸品が、民衆の生活の中ではぐくまれ受け継がれ(略)生活に豊かさと潤いを与え(略)国民経済の健全な発展に資することを目的とする。

つまり伝産法は〈経済の発展〉のためにあり、その産業品である伝工品は〈生活に豊かさと潤いを与え〉るものと定められている。ここで留意しておきたいことは、伝産が文化であるとはひと言も書かれておらず、伝産法では伝工品を文化として扱うことは想定されていないことである。伝統工芸の産地を訪問したことがある方は理解していただけると期待するが、職人の工房に文化はない。あくまで伝統工芸の産地にあるのは産業であり、文化それ自体は使い手側である〈民衆の生活の中〉にある。

──茶陶はどうか。茶陶とは主に茶会で使う抹茶碗や水指などの茶道具を作陶する人たちであり、文化を発信し引率し創造している。この指摘は鋭いが、茶陶や作家の創る器と伝統工芸の器には決定的な違いがある。それは意外な指標と思われるかも知れないが、中古品の価格。茶陶や作家の中古品は茶道具屋が扱うことが多いが、中古でも価値が下がらないのである。むしろ「○○の茶会で使われた」「○○が所有していた」と物語が付加すると文化的価値が上がり、価格が高くなることもある。あの場のもてなしで使われた気分や物語といった文化性を、物にまとわせることができるから。しかし伝工品はそうではない。まれに長い年月を経て文化的価値を獲得する物品もあるが、多くの中古品は単にUSEDであり、基本的に二束三文で取り扱われることになる。全て金銭の価値に捉え直すのにも抵抗はあるが、伝工品には文化的価値が認めらていないことの査証となろう。
伝統工芸の産地や職人は人間の営みとその知性を感じる非常に魅力的な場所ではあるが、文化的であると言えるかどうかと問われれば、甚だ疑問である。僕は産業である伝統工芸は、文化性を伴う美術工芸とは全く異なるものとして捉えている。(一部、文化として認められる伝工品もある)そして産業である伝統工芸を文化であるかのように振る舞うこと、この齟齬は不幸を生み出す。必ず避けねばならない。

伝統工芸の目的は“つくること”であり、そのつくられたものを使い楽しむ文化は使い手側が持っている。これはとても幸福な関係である。合理的に使い手のために作ろうとすると他の方法も検討する必要があるが、ご飯を食べるための飯椀を頼まれた漆芸家は、陶器や磁器、ウレタンなどに目をくれずに産地でできる漆器に全力を注ぎ込むことを考えれば良いのである。「人の美しい活動痕を見ると感動する」というのは恐らく人の本能ではないか。使い手も職人が持つ技術の全てを注ぎ込まれた漆器の光沢や手触りを楽しむ。そのような恵まれた関係であった。
しかし、使い手側の文化は生活とともに絶えず変化する。とてつもない品質であることが担保された伝統工芸は、その品質からするとかなり安価だと僕は感じている。しかしその品質を対価を出して手に入れてまで生活を楽しもうとする文化が動き始めている。より安価に大量生産されたニセモノが出回り、使い手はどんどんとホンモノから遠ざかってしまう。商売が下手なホンモノを作ることに集中している職人は、さらなる苦境に立つ。伝統工芸という分野が残っても、その核心にある“知の在り方”が廃れてしまえば、本来の伝統工芸のかたちは失われるだろう。
生活が移ろうことで文化が廃れていく諦観と、伝統工芸の知に対する羨望が入り交じった感情を抱きながら、売れることよりも“知の在り方”を残すこと、つまり本来の伝統工芸のかたちをサポートするにはどういう方法があるだろうか、と僕は考え続けている。

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※この文章は2017年1月の京都造形芸術大学の講義『デザインと伝統工芸のアンビバレンス』の前半をまとめたものです。
当日のスライド → https://speakerdeck.com/inuiyosuke/dezaintochuan-tong-gong-yun-falseanbibarensu

デザインと伝統工芸のアンビバレンス
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