伝統的工芸品 彦根仏壇を製造する井上仏壇から「伝統的な中にも新しい現代的な感覚を金仏壇に取り入れたい。」と相談を受けて、このプロジェクトは始まった。仏壇全体のディレクションは井上仏壇の井上昌一氏である。当事務所では、仏壇のオーナーとなる井上仏壇のクライアントの意向を汲みつつ、金仏壇の中でも重要な装飾となる三段と呼ばれる錺金具および蒔絵、そして雨戸などのコンセプトワークとデザインを行なった。
この依頼を受けた際、井上氏が何気なく発した「伝統の中の現代」という言葉に引っかかりを覚えた。というのは、漠然と理解はするが具体的に何を指すのかしっかりと意識したことがないことに気付かされたからである。その答えを探るように最初に“コンセプト”の創出に取り組んでいる。まずはそうすることで、手の中で作る伝統の形と意思を持って目的を表現しようとする現代の形の差が現れるように感じたから。造形手法としては、近世の明確な輪郭を持つ幾何学を取り入れた。具体的には家紋の造形を応用している。ただし、クライアントは伝統的な装飾を求めておられたので、コンセプトは伝統に沿ったものとした。
担当した主な加飾としては、それぞれ長押・中段・中敷に配される三段と呼ばれる錺金具、そして中段と中敷の間と台輪に配される蒔絵である。一番上から、長押の錺金具にて「松・飛翔鶴・月」を、中段の錺金具に「竹・雪」を、蒔絵に「池・雲錦(桜と椛、季節の移り変わり)・鴛鴦(夫婦愛の象徴)」を、中敷の錺金具に「流水・梅・椛・亀・八ツ橋」を、台輪抽斗の蒔絵に「流水・雲錦の花筏」を、最も下の膳引の蒔絵に「流れ着く桜と椛」を表現し、「鴛鴦と雛鳥」を配した。つまり吉祥の象徴「松竹梅鶴亀(蓬莱山)」、そこに日本の自然の美の象徴「雪月花」を取り入れ、そして上から「雲、雪、池、流水、水盤」と水が変化していく様を表現している。その時間の流れの中に夫婦愛の象徴の「鴛鴦」と、そして子孫繁栄を象徴する「雛鳥」を添えて、クライアントの想いに応えつつ縁起の良いものとした。
人により違うが「三段は仏壇の顔」「仏壇で見せるべきは蒔絵」などという話を仏壇関係者から伺ったことがある。もちろん宗教設備としての仏壇は御本尊のために存在するが、工芸品として主要と捉えられている加飾、つまり三段と蒔絵全体で適度にまとまったひとつの物語性を表現したつもりである。そのことで伝統の中に新しい空気を入れられていれば嬉しく思う。
今回のプロジェクトでは、「デザインに伝統工芸を引き寄せる」ことは今日でも多く見られるが、逆に「伝統工芸に歩み寄るデザイン」がほとんど見られないことに改めて気づかされた。こちら側に引き寄せるだけではなく、こちらから寄り添うように伝統工芸を支えるデザインもあって良い。その二者の均衡のあいだで、その都度で良い状態を生み出せるように意識的に取り組もうと考える契機になった、個人的にも意義の大きいプロジェクトとなった。
なお、この金仏壇は第24回 全国伝統的工芸品仏壇仏具展にて「伝統的工芸品産業振興協会賞」を受賞することになり、もちろん井上昌一氏の取りまとめる手腕とバランス感覚によるところが大きいが、氏から依頼されたデザイナーとしても一応の役目は果たせたと安堵している。